MEMORY
STORY 7
自分を知る。
その大切さは、多様性や、個人の価値観が尊重される気風がある現代において、
最近、よく語られているように思います。
けれども、自分という存在は、私たちにとって、あまりにも当たり前過ぎるのでしょう。
自分を知るための時間を取り、自分に意識を向けるということは、大切だとわかっていても、
実際には、あまりやらないことが多いように思います。
ましてや、意図しなくとも、大量の情報が流れ込んできてしまう現代では、
自分以外のものに意識を向けることが、どうしても多くなるので、
世間体を気にしたり、他者の基準で自分を評価することが多くなっています。
それにより、誰もが、
常に何かに急かされ、追い詰められ、焦らされる感覚に陥りやすくなっているのではないでしょうか。
そういった環境や感覚では、なおさら、自分自身に意識を向けることは難しい、と思います。
だからこそ、一度、その環境と感覚から意図的に離れることが必要です。
そのために、いまこの瞬間、この場に集中することが必要だと考えています。
そのために有効な手法の1つとして、マインドフルネスがあります。
マインドフルネスとは、「今にしっかりいる状態」を指します。
もともとは、仏教用語であるパーリ語「サティ」を英訳したものと言われていますが、
マインドフルネスは1970年代に医療の領域に応用され、科学的に心身への有用性が認められて、
世界に広まるようになりました。
さらに脳科学の分野でも、心身の健康や集中力、創造性、自己認識力の向上などの効果が認められ、
トップアスリートやエグゼクティブのメンタルマネジメントにも活用され、
グーグルのリーダーシップトレーニングにも応用されたことから、ビジネスの世界にも広く浸透しました。
そしてマインドフルネスの中で、広く知られている手段の1つが瞑想です。
瞑想の他には、歩く、食べる、聞くといった手段がありますが、
瞑想はとてもシンプルで、すぐに実践できることから、マインドフルネスの代名詞となっています。
ただ瞑想と聞いて、宗教やスピリチュアルなものを連想する場合には、
怪訝に感じることが多く、それにより瞑想を敬遠することがあるかもしれません。
(実は、私も以前、そのように捉えていました)
しかし現在では瞑想は、脳科学を始めとして、最先端科学の研究テーマになっており、
その効果やメカニズムに関する成果が多く発表されていることから、科学的に実証されています。
例えば、瞑想をすることで、将来の不安によるストレスが軽減され、その回復も速くなるようです。
扁桃体の反応が軽減され、自己申告による不快感の度合いも減少することが、報告されています。
(Jacqueline Lutz et al., 2013)
その他の効果も報告されていますが、それはぜひあなた自身で体感してみてください。
これからお伝えする手法はは、
自分の呼吸に集中する「集中瞑想」と言います。
------------------------------
①姿勢を整える
座禅のように足を組んでも、椅子に深く腰掛けても構いません。背筋を伸ばしたら、一度肩を落としましょう。
※猫背の人は、背筋を伸ばそうとすると、緊張して肩が上がりがちになるため、
一度肩をすくめるように力を入れてから、脱力してストンと肩を落とすと、適切な姿勢をつくることができます
椅子に座る場合、両足は床に着けて、両手は太ももの上に置いて両手を軽く握ります。
目は閉じてもいいですし、まぶたを少しだけ開く半眼にして、1mくらい先をぼんやり眺めても良いでしょう。
②呼吸する
まずは息を吐いてください。
その後、5秒ぐらいかけて鼻から息を吸い、10秒から15秒かけてゆっくりと口から息を吐いてください。
③呼吸に集中する
②の呼吸を繰り返し行いながら、
鼻から息を吸うとき「いち、に~、さん、し~、ご~」と心の中で数をかぞえてください。
口から息を吐くときも、10秒から15秒まで、同じように心の中で数をかぞえてください。
自分が気持ち良いと感じるペースで、呼吸を続けてください。
------------------------------
瞑想開始直後は、呼吸に集中できていても、
しばらくすると、つい別のことを考えてしまうことがあるかもしれません。
そのようなときは、「あ、まずい」などと焦らず、
「別のことを考えているな」と自分の状態を観察し、再び呼吸に意識を戻します。
これができずに心の中が乱れてくると、姿勢や呼吸も乱れてきますが、
逆に言うと、姿勢や呼吸の乱れを観察することで、心の状態を察知することができます。
また集中瞑想により、気持ちが落ち着き、リラックスできるかもしれません。
私たちの身体は、息を吸うときには交換神経が、息を吐くときには副交感神経が働いています。
交換神経は興奮や緊張状態のときに優位になるのに対して、
副交感神経はリラックスした状態のときに優位になります。
ゆっくりと長く息を吐くことは、副交感神経を優位にするので、リラックスした状態を生み出しやすくなります。
息を長く吐くと、体内に二酸化炭素が溜まっていきます。
血液中に二酸化炭素が行きわたると、幸せな気分をもたらす神経伝達物質であるセロトニンの分泌が増えていきます。
セロトニンには、気分や感情の高ぶりを抑える、衝動的な行動を抑制する効果があると知られており、
脳内にこの物質が分泌されることによって、ストレスやイライラが取り除かれ、心をゆったりした状態にすることができます。
その他の効果としては、集中瞑想をすると、脳の前頭前皮質(前頭前野)が活性化する、と言われています。
前頭前皮質は、集中力、記憶力、意思決定といった認知能力に関係する領域です。
集中瞑想により、この認知能力を鍛えると、どんなときでも、さっと集中することができるようになります。
グーグルにて開発された、マインドフルネスをベースとした情動的知能を高める研修プログラム「Search Inside Yourself(SIY)」では、
試しにマインドフルネスを経験する方法の1つとして、この瞑想を紹介しています。
SIYを開発したチャディー・メン・タン氏は、著書で次の通り伝えています。
私と娘はたいてい毎晩寝る前に腰を下ろして、マインドフルな状態で2分間過ごす。
よく冗談で言うのだが、2分というのは、子供やエンジニアが注意を持続できる時間だからだ。
私たちは生きていて一緒にいることを毎日2分間、静かに楽しむ。
もっと根本的には、存在していることを毎日2分間楽しむ。
単に、あるがままでいることを。
「単に存在する」というのは、人生で一番当たり前であると同時に、一番貴重な経験だ。
瞑想は、いまこの瞬間、この場に集中するための手法であると同時に、
自分自身を知るためのプロセスの1つです。
自分自身を知るために、まずは、
ありのまま、あるがままである、と自分自身で感じられることから始めてみましょう。
そのような状態のときと、そうでないときとでは、
同じことに取り組むとしても、その結果は異なる、と考えています。
何より、自分自身を知るためには、
まずは自分自身が、ありのまま、あるがままである、と感じられることが大事だと思っています。
------------------------------
【参考文献】
荻野淳也 「マインドフルネスが最高の人材とチームをつくる」, かんき出版, 2020年3月16日
石川善樹 「疲れない脳をつくる生活習慣」, プレジデント, 2016年2月2日
チャディー・メン・タン 「サーチ・インサイド・ユアセルフ」, 英治出版, 2016年5月17日